人間は生涯、8万時間近く会話すると言われています。これまでの研究で、会話が不足すると、孤独感・対人不安・抑うつ感につながりやすいことがわかっています。そこでメンタルヘルスに重要な影響がある会話力について、診断を作成することとしました。
会話は大きくわけて、相手の話を聞く「傾聴」と、言葉で相手に伝える「発話」があります。この、聞くスキル・話すスキルについては、個人の中でも偏りがある傾向にあります。例えば、聞き上手だけど話すのが苦手な人や、話すのは得意だけど、聞くのが苦手な方がいます。
そこで当尺度では、聞く、話すスキルの高い・低いを診断し、各タイプそれぞれの特徴と改善点を解説しています。それでは早速、診断にチャレンジしてみましょう。
・傾聴力に関する先行研究
傾聴力とは、単に相手の話を聞くのではなく、感情や意図を汲み取り、理解しようとする積極的な関与の姿勢を含みます。以下に代表的な研究を紹介します。
1. Drollinger & Comer(1999)
「アクティブ・共感的傾聴尺度(AELS)」を開発し、傾聴を感情の感知、認知的処理、行動的応答の3因子で測定。実践的な傾聴力の定量化を可能にした先駆的研究です。
2. 上野(2005)
看護師を対象に、患者との信頼関係形成に不可欠なコミュニケーションスキルの測定尺度を開発。傾聴を含む対人スキルの実践的重要性を明らかにしています。
3. 西道ほか(2011)
社会人基礎力の一要素として傾聴に着目し、尺度化を試みた研究。職場や社会生活で求められる「積極的傾聴」の重要性を理論と実証の両面から整理しています。
・発話力に関する先行研究
発話力は、情報伝達にとどまらず、共感の喚起や信頼の構築、非言語的要素による印象形成など、多面的な能力として注目されています。
4. Riggio & Reichard(2008)
コミュニケーションスキル訓練がリーダーシップ効果に与える影響をメタ分析。説得力や明瞭な説明力が組織成果に直結することを明らかにしました。
5. Rosenberg & Zuroff(2018)
集団に話す際の非言語的行動(視線、表情、声のトーン等)が聴衆の印象に与える影響を検証。「話す力」は内容以上に態度や表現力が鍵であることを示しました。
6. 丹羽・丸野(2009)
自己開示の深さを測定する尺度を開発。効果的な発話には、内容の整理だけでなく、自己表現の適切な深さも重要であることを実証しています。
・総合的な検討
このように先行研究を調査した結果、傾聴スキル、発話スキルそれぞれの関連研究はあるものの、充分とはいえません。そこで尺度の作成にあたっては、民間の書籍、人工知能に関する会話研究、ソーシャルスキル研究なども参考にして作成しました。
それぞれの測定項目について、公認心理師、臨床心理士、心理学の大学院を卒業したものが中心となり、ブレーンストーミングを行いました。その後KJ法により、グルーピングを行い、検討を加えたうえで質問項目を精査してました。結果として、聞く力、話す力、それぞれ5つの因子を予測しました。また簡易診断とするためそれぞれの因子について2つの質問を採用しました。
- <聞く力>
- *オウム返し
- 相手の話を繰返すことができる
- 相手の話を整理して返すことができる
- *肯定返し
- 相手の話を肯定的に返す
- 褒め上手なほうだ
- *質問力
- 質問をたくさん思いつく
- 質問攻めにすることはない
- *共感力
- 相手の感情の変化を敏感に読み取る
- 共感的に聞くことができる
- *非言語力
- ゆったりとした口調で傾聴する
- 穏やかな笑顔で傾聴する
- <話す力>
- *話題の豊富さ
- 日常的な出来事から話題を作れる
- 話題は豊富な方だ
- *持続性
- ボリュームを持たせた話ができる
- 1つの話を膨らませることができる
- *積極性
- 受け身ではなく自分から話をする
- 自己開示を積極的にするほうだ
- *ユーモア
- 興味を引く話し方ができる
- 聞き手を笑わせることができる
- *非言語力
- 身振り手振りが豊かである
- 声や表情に抑揚がある
当尺度では、以下の9のタイプを設定しています。タイトルについては協議の上、
親しみいやすい名前を付けました。
聞く力‐高い・話す力‐高い 万能型
聞く力‐高い・話す力‐中程度 もてなし上手型
聞く力‐高い・話す力‐低い カウンセラー型
聞く力‐中程度・話す力‐高い 芸人型
聞く力‐中程度・話す力‐中程度 バランス型
聞く力‐中程度・話す力‐低い 受け身型
聞く力‐低い・話す力‐高い おしゃべりピーちゃん型
聞く力‐低い・話す力‐中程度 自己開示型
聞く力‐低い・話す力‐低い さとり型
診断結果について、それぞれのタイプごとに特徴や注意点を1,000文字前後で評価しました。文章については、先行研究や作成者の臨床経験を基に作成しました。
当診断は因子構造及び信頼性・妥当性をチェックしたものではありません。あくまで専門家としての検討を加えたものです。統計的な根拠が希薄で、研究に耐えられるレベルの尺度ではないことをご了承ください。
1. Drollinger, R. R., & Comer, J. M. (1999). The Active-Empathic Listening Scale (AELS): Development and Validation. Journal of Marketing Theory and Practice, 7(2), 5–20.
2. 上野栄一(2005). 看護師における患者とのコミュニケーションスキル測定尺度の開発. 日本看護科学会誌, 25(2), 39–47.
3. 西道実・青木章・藤田尚志(2011). 社会人基礎力の測定に関する尺度構成の試み. プール学院大学研究紀要, 51, 1–10.
4. Riggio, R. E., & Reichard, R. J. (2008). The Impact of Communication Skills Training on Leadership Effectiveness: A Meta-Analysis. Journal of Management Development, 27(2), 220–229.
5. Rosenberg, A. S., & Zuroff, D. C. (2018). Speaking to the Group: How Nonverbal Behaviors Affect Audience Perception. Communication Research Reports, 35(1), 28–37.
6. 丹羽空・丸野俊一(2009). 自己開示の深さを測定する尺度の開発. パーソナリティ研究, 18(3), 173–183.
*その他の参考文献
松本大吾(年不明). インタラクティブ・コミュニケーションにおける傾聴尺度の概観(1)―マーケティング・コミュニケーションの視点から―.
藤原健志・三宅拓人・演口佳和(2014). 改訂版聴くスキル尺度の大学生への適用の検討.
Argyle, M. (1981). Social competence and mental health.
相川充・藤田正美(2005). 成人用ソーシャルスキル自己評定尺度の構成. 東京学芸大学紀要1部門, 56, 87–93.
川島達史(2013). 成人に対する言語ソーシャルスキルトレーニングの開発と主観的適応状態への影響. 目白大学大学院現代心理学専攻 修士論文.
梅野利奈(2015). 好感をもたらす非言語コミュニケーションに関する研究. 目白大学大学院現代心理学専攻 修士論文.
勝原裕美・増野園恵(2001). 日本の看護職のためのアサーティブネス・トレーニングプログラムの開発―試案の作成と有効性の評価. 兵庫県立看護大学紀要.
下岡和也・徳久良子・吉村貴克・星野博之・渡部生聖(2017). 音声対話ロボットのための傾聴システムの開発. 自然言語処理, 24(1).