診断前にアイデンティティについて理解しておきましょう。アイデンティティという概念は、エリクソンという心理学者が広め、その後は青年期の発達課題として位置づけられてきました。
エリクソンは下記のようにアイデンティティを定義しています。やや難しいですが、せっかくなので読んでみてください。
本診断の作成にあたっては、アイデンティティ研究の進化を背景に、複数の主要な先行研究を参考にしました。
主要な先行研究(時系列順)
Marcia(1966)[1]はエリクソン理論を実証的に測定するため「アイデンティティ・ステータス」モデルを提唱しました。青年期における探求とコミットメントの有無に基づき、「達成」「モラトリアム」「拡散」「早期完了」の4状態を定義しています。これはアイデンティティの質的評価に影響を与え、本診断の「確立度」の考え方にも通じます。
Berzonsky(1989)[2]は、アイデンティティ形成の「プロセス」に焦点を当てた「アイデンティティ・スタイル」を導入しました。個人が自己に関する情報をどのように処理し、アイデンティティを構築するかについて、「情報指向」「規範指向」「拡散/回避」の3スタイルを提案しています。これは本診断の**「自己理解」や「主体性」の背景にある情報処理メカニズムを理解する上で有用です。
下山(1992)[3] は日本の大学生のモラトリアムとアイデンティティ発達の関係を分析しました。青年期のアイデンティティ形成の複雑な様相を捉えようとしました。本診断が青年期のアイデンティティ確立度を測定する際の質問項目設計に貢献し、個人の発達段階における課題理解や自己認識の深化を促す点と関連が深いです。
谷(2001)[4]は 青年の同一性感覚の構造を多角的に捉える尺度を開発しました。アイデンティティを単一ではなく、複数の側面から構成されるものとして理解し、その複雑さを測定する基盤を提供しています。本診断が**「過去受容」「自己理解」「主体性」「多様性の尊重」「社会的役割の獲得」といった多次元的な指標を設定しているのは、この視点に影響を受けています。
仲間ら(2014)[5]はアイデンティティ発達の検討と類型化を目的とし、動的な発達過程を評価する視点を提供しています。アイデンティティが変化し続けるものであるという理解に基づき、本診断が個人の確立度を測るだけでなく、その後の成長や変化の可能性を考慮する上で参考にされています。自己成長を促す洞察を提供する上で役立っています。
尺度の作成にあたっては、これらの先行研究を参考にしました。
上記論文の調査後、それぞれの測定項目について、公認心理師、臨床心理士、心理学の大学院を卒業した者が中心となり、検討を加え質問項目を精査しました。設定した5因子についてそれぞれ4つの質問を設定し、合計20問の尺度としています。
【過去受容】
過去の自分を受け入れられる
これまでよい経験を積んできた
今があるのは過去があるからだ
自分を見失うことはほとんどない
【自己理解】
自分がどういう人か分かる
将来の目標がある
自分の長所・短所を理解している
やりたいことがはっきりしている
【主体性】
自分の意見を主張できる
自分で決めて行動することが多い
学校や職場を自分で納得して選ぶ
自分の人生は自分で作りたい
【多様性の尊重】
他者との考え方の違いが理解できる
相手の意見や立場を尊重できる
生き方は人それぞれだと思う
タイプが違う人とも親しくなれる
【社会的役割の獲得】
仕事や勉強に充実感を感じる
社会に貢献していると感じる
社会に適応していると感じる
社会に自分の役割があると感じる
【質問項目数】
5因子×各4問=合計20問
【5件法】
全く当てはまらない 0
当てはまらない 1
どちらともいえない 2
当てはまる 3
よく当てはまる 4
【各因子 高中低の基準】
13~16 良好
9~12 やや注意
0~8 注意
【総合評価の基準】
65~80点 かなり良好
53~64点 良好
41~52点 やや注意
0~40点 注意
診断結果については、それぞれのタイプごとに特徴と注意点を約1,000文字で評価しました。文章は、先行研究および作成者の臨床経験を基に作成しています。
本診断は、因子構造や信頼性・妥当性の統計的チェックを行ったものではありません。あくまで専門家による検討を加えたものであり、統計的な根拠は希薄です。そのため、研究に耐えられるレベルの尺度ではないことをご了承ください。
[1] Marcia, J. E. (1966). Development and validation of ego-identity status. Journal of Personality and Social Psychology, 3(5), 551–558.
[2]Berzonsky, M. D. (1989). Identity style: Individual differences in processing identity-relevant information. Journal of Research in Personality, 23(1), 58–74.
[3]下山晴彦(1992).大学生のモラトリアムの下位分類の研究―アイデンティティの発達との関連で―.教育心理学研究, 40(2), 121–129.
[4] 谷冬彦(2001).青年の同一性感覚の構造 -多次元同一性尺度(MEIS)の作成-.教育心理学研究, 49(2), 265–273.
[5] 仲間玲子, 杉村和美, 畑野快, 溝上慎一, 都筑学 (2014).多次元アイデンティティ発達尺度(DIDS)によるアイデンティティ発達の検討と類型化の試み.心理学研究, 85(1), 74–84. doi: 10.4992/jjpsy.85.13074
*その他の参考文献
杉村和美(2001).関係性の観点からみた女子青年のアイデンティティ探求-2年間の縦断研究-.名古屋大学博士論文.
水野邦夫(2006).恋愛心理尺度の作成と恋愛傾向の特徴に関する研究.聖泉論叢, (14), 35–52.
小沢一仁(2003).アイデンティティ危機における自分自身への違和感から、アイデンティティを再考する.東京工芸大学紀要 芸術学部, 27(2), 79–89.
大野久(1984).現代青年の充実感に関する一研究 -現代日本青年の心情モデルについての検討-.教育心理学研究, 32(2), 100–109.
山口正寛(2016).メンタライゼーションと境界性パーソナリティ傾向との関連 -メンタライゼーション質問紙作成の試みから-.福山市立大学教育学部研究紀要, 4, 129–136.
北山忍(1994).文化的自己観と心理的プロセス.社会心理学研究, 10(3), 153–167.