労働人口の減少や転職の一般化により、人材の定着は多くの企業にとって重要な経営課題となっています。2023年からは、上場企業を中心に人的資本の情報開示(離職率・エンゲージメント等)が義務化され、離職防止への取り組みは制度面からも求められるようになりました。
一方で、離職防止というと「会社の制度」や「待遇」が語られがちですが、実際には、日々一緒に働く同僚・上司・先輩の何気ない一言や関わり方が、部下や後輩の「ここにいたい」という気持ちを大きく左右します。特に価値観の変化が大きい若手層にとって、日常的な承認や心理的安全性の有無は、定着意欲に直結する要因として指摘されています。
本診断は、こうした背景を踏まえ、あなた自身が周囲の同僚・後輩の離職を防ぐ力(離職予防力)を、どれだけ発揮できているかをセルフチェックするツールとして作成しました。具体的にどのような視点で測定するかについては、次の「②先行研究の分析」で解説します。
尺度の作成に当たっては、以下の先行研究を調査しました。
離職防止の要因を整理するにあたり、本尺度は数ある動機づけ理論の中でも、マズロー(1943)の欲求階層説を土台に採用しました。理由は大きく3つあります。第一に、欲求階層説は「生理的欲求から自己実現欲求へ」という発達順序を持ち、直感的にわかりやすい構造であるため、受検者が診断結果を理解しやすいこと。
第二に、「相手の体調」から「相手の自己実現」まで、日常のマネジメント・対人行動と自然に対応づけられる幅広さを持つこと。第三に、後述するHouse・Edmondson・Deci&Ryan等の各理論が、欲求階層説の特定の階層(安全欲求・社会的欲求・自己実現欲求等)を補完する形で位置づけられ、理論間の整合性を取りやすいことです。
マズローの欲求階層説を土台に、「相手の体調」から「相手の自己実現」まで、段階的に6つの視点から診断します。
【測定する6×4の24項目】
① 体調への配慮:相手の疲れ・体調変化に気づき、声をかけられているか
② 心理的安全性:安心して発言・相談できる空気を作れているか
③ 積極的な支援:困っている時に、自分から手を差し伸べられているか
④ ラポール形成:日頃から信頼関係を築けているか
⑤ 承認の言葉がけ:相手の頑張りや成果を、言葉にして伝えられているか
⑥ 自己実現サポート:相手の成長・キャリア実現を後押しできているか
診断結果については、それぞれの視点で「今できていること」「伸ばせる余地」を解説します。チームメンバーとの関わり方を見直すきっかけとしてお役立てください。
Maslow(1943)[1]
欲求階層説(生理的欲求・安全欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求)を提唱し、下位の欲求が満たされて初めて上位の欲求が意味を持つとしました。本尺度では、この階層構造を「①体調への配慮」から「⑥自己実現サポート」までの因子の並び順に反映させました。
House(1981)[2]
ソーシャルサポート理論において、職場における周囲からの気遣い・支援(道具的サポート・情緒的サポート)が、ストレス緩和と定着意欲に寄与することを示しました。本尺度では、この知見を「①体調への配慮」「③積極的な支援」の設計に反映させました。
Edmondson(1999)[3]
心理的安全性研究において、対人リスクを取れる(発言・相談・失敗できる)関係性が、チームの学習と定着に不可欠であることを示しました。本尺度では、この知見を「②心理的安全性」の設計に反映させました。
Deci & Ryan(2000)[4]
自己決定理論(Self-Determination Theory)において、自律性・有能感・関係性の3つの欲求が満たされることが、内発的動機づけと定着意欲を高めるとしました。本尺度では、この知見を「④ラポール形成」「⑥自己実現サポート」の設計に反映させました。
Gallup社(従業員エンゲージメント調査 Q12)[5]
「この1週間で、良い仕事をしたと認められたか」という項目が、エンゲージメントと定着率に強く関連することを繰り返し示しています。本尺度では、この知見を「⑤承認の言葉がけ」の設計に反映させました。
尺度の作成にあたっては公認心理師、組織心理学の研究者、企業の人事責任者を中心にブレーンストーミングを行いました。その後、KJ法によりグルーピングし、検討を加えたうえで質問項目を精査しました。
離職防止において重要なのは、「会社の制度」だけでなく「日々の関わり」です。この診断では、マズローの欲求階層説を応用し、以下の6つの視点を重視して項目を考案しました。
・体調への配慮(生理的欲求)
相手の疲労・体調の変化に気づき、気にかけられているか
・心理的安全性(安全欲求)
安心して発言・相談・失敗できる空気を作れているか
・積極的な支援(安全〜社会的欲求)
困っている時に、自ら声をかけ、手を差し伸べられているか
・ラポール形成(社会的欲求/所属と愛の欲求)
日頃の会話や関わりを通じて、信頼関係を築けているか
・承認の言葉がけ(承認欲求)
相手の頑張りや成果に気づき、言葉にして伝えられているか
・自己実現サポート(自己実現欲求)
相手の成長やキャリアの実現を、後押しできているか
その結果、以下の6因子、各4問、合計24問の質問を設定しました。ハラスメント診断とは異なり、点数が高いほど良好であることを示す設計です。
【① 体調への配慮】
表情や声から疲れの変化に気づく
忙しそうな人には「大丈夫?」と聞く
無理をしていそうな人に休憩を勧める
体調が悪そうな人には後で様子を聞く
【② 心理的安全性】
どんな意見も頭ごなしに否定しない
「いつでも相談して」と伝えている
失敗した人を責めずに前向きな声かけをする
声を荒げず落ち着いて話す
【③ 積極的な支援】
困っている人に自分から声をかけ助ける
頼まれる前に必要な支援を申し出る
忙しくても頼まれたらすぐ対応する
抱え込んでいそうな人に協力を申し出る
【④ ラポール形成】
業務以外の雑談の時間を持っている
相手の話に関心を持ち内容を覚えている
挨拶や声かけを自分から行っている
会話をするときに名前をよく呼ぶ
【⑤ 承認の言葉がけ】
頑張りや成果を言葉にして伝えている
小さな成長も見逃さず褒めている
感謝の気持ちを日頃から言葉で伝える
相手の強みや良さを意識して伝える
【⑥ 自己実現サポート】
相手のキャリアの話を聞く機会を持つ
挑戦したいという話を後押しする
新しい仕事や役割を任せている
本人の希望を聞きできる範囲で叶える
・質問項目数 6因子×各4問=24問
・5件法
全くしていない 0点
あまりしていない 1点
どちらともいえない 2点
している 3点
非常にしている 4点
※本診断は「離職予防力(強み)」を測る診断のため、ハラスメント診断とは逆に、点数が高いほど良好であることを示す設計です。
・各因子(4問・満点16点)の基準
0~9点 離職予防力ー低い、10~13点 離職予防力ー中程度、14~16点 離職予防力ー高い
・総合評価の基準(24問・満点96点)
0~42点 離職予防力ーかなり低い
43~58点 離職予防力ー低い
59~74点 離職予防力ー標準
75~96点 離職予防力ー高い
・補足:因子内のばらつきについて
1因子4問のため、特定の設問だけ極端に低い(または高い)場合は、平均点だけでなく、どの設問が低かったかも合わせて確認することを推奨します。
診断結果について、それぞれのタイプごとに特徴や伸ばせる余地を1,000文字前後で評価します。文章については、先行研究や作成者の実務経験を基に作成します。ハラスメント診断が「リスクの気づき」を目的としていたのに対し、本診断は「強みの自覚と伸長」を目的とするため、低スコアの因子であっても、頭ごなしに指摘するのではなく、次の一歩を前向きに示すトーンで作成します。
6因子はマズローの欲求階層に対応する階層構造のため、結果画面では単純な横棒グラフだけでなく、ピラミッド型の可視化(どの階層まで満たせているか)も検討の余地があります。特に下位階層(①体調への配慮/②心理的安全性)のスコアが低い場合は、上位階層(⑤承認/⑥自己実現)に取り組む前に、まず土台を見直すよう促す解説を優先します。
当診断は因子構造及び信頼性・妥当性をチェックしたものではありません。あくまで専門家としての検討を加えたものです。統計的な根拠が希薄で、研究に耐えられるレベルの尺度ではないことをご了承ください。
また、本診断は自己申告(自己評価)に基づくものであり、実際の離職率や離職意向を予測・保証するものではありません。個人の結果は自己理解・行動改善のきっかけとしてご活用いただき、組織的な離職防止施策の検討には、別途エンゲージメント調査等の実施を推奨します。
[1]Maslow, A. H. (1943). A theory of human motivation. Psychological Review, 50(4), 370-396.
[2]House, J. S. (1981). Work Stress and Social Support. Addison-Wesley.
[3]Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
[4]Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227-268.
[5]Gallup(従業員エンゲージメント調査 Q12に関する各種公表資料)