コミュニケーション能力は、仕事、友人関係、家庭、恋愛を円滑に進めるための土台となるものです。そのため、コミュ力の高い低いを客観的な指標で診断することは社会的な意義が大きいものです。
そこで公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士、現役経営者が中心となり、11の指標をもとに、コミュニケーション能力を測る尺度を作成しました。
コミュニケーション能力総合診断を作成するにあたって、まずは先行研究を調査しました。
<先行研究>
・シャノンとウィーバーのモデル
数学者のシャノンとウィバー(1949)[1]は、コミュニケーションの過程を6つの要素によってモデル化しています。
⑴ 発信者
情報を記号化して発信する主体
⑵ 送信機
記号化された情報を発信するスタート地点
例)直接対面 スマフォ端末 郵便ポスト
⑶ チャンネル
情報が移動する手段
例) 直接の会話をする ネット 電話回線 郵便配達網
⑷ 受信機
情報を受け取る媒体
例)直接話を聴く メールの受信BOX 郵便受け
⑸ 受信者
情報を受け取り理解する人
⑹ ノイズ
いずれかのプロセスで情報の伝達を阻害するもの
例)騒音、電波が不安定など
・大城のモデル
教育学者の大城(2008)[2]はコミュニケーション能力を、以下の4つの要素からなると主張しています。
⑴ 文法能力
正しく文章を作れるかどうか
⑵ 社会言語学習能力
場面に応じたふさわしい言い回しができるかどうか
⑶ 談話能力
意味のある話を作り、構成ができるかどうか
⑷ 方略的能力
言葉では伝えきれないことを、非言語や近い言葉を使って表現できるかどうか
・アーガイルのソーシャルスキル
近接概念としては、アーガイル(Argyle,1981)[3]のソーシャルスキルが挙げられます。アーガイルはソーシャルスキルを「相互作用する人間同士の目的を実現させるために行われる社会的行動」と定義しています。
・経済産業省と社会人基礎力
経済産業省はコミュニケーション能力に近い概念として、社会人基礎力を提唱しています[4]。具体的には「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」と定義し、具体的な12の力を挙げています。
<総合診断の難しさ>
このようにコミュニケーションに関する先行研究は、近接概念を含めると無数に存在します。一方でコミュニケーション能力を「総合的」に測定するための尺度については少ない状況です。理由としては以下の3点が挙げられます。
⑴玉虫色である
コミュニケーションという単語は極めてあいまいで、玉虫色な言葉と言えます。例えば、会話が苦手なAさん、プレゼンが苦手なB君、恋愛が苦手なCさん、いずれも「コミュニケーションが苦手」と共通して表すことができます。安定した定義が求められる学問の世界では、扱いにくいワードと言えます。
一方で、安定した定義を持つワードについては尺度研究が盛んです。具体的には、コミュニケーションの下位概念である、「ソーシャルスキル」「アサーション」「言語コミュニケーション」「非言語コミュニケーション」など複数の研究があります。
⑵価値観が変化する
たとえば「りんご」は、今の定義と100年後に違いはないでしょう。しかし、「コミュニケーション能力」は、今の定義と100年後では異なる可能性が高いと言えます。なぜなら、「何が優れたコミュニケーションなのか」は、時代や目的、文脈によって全く変わってくるのです。そのため、一時的に尺度を作成したとしても、数年単位でアップデートする必要があります。
⑶因子の複雑さ
「コミュニケーション能力」という概念は包括的なワードであり、想定される因子は多岐にわたります。仮にすべての因子を抑える尺度の作成を目指すと、膨大な量の質問項目になってしまいます。
このようにコミュニケーションに関する尺度を作成するにはとても難しいと言えます。しかし、社会の「コミュニケーション能力」に対する興味は極めて大きく、目安となる尺度の作成が求められています。
<4つの視点を重視>
尺度の限界を認めつつ、筆者の川島達史はコミュニケーション能力を測定する上で、4つの視点が必要と考えています。
⑴環境努力指数
コミュニケーション能力は日々の環境設定が大事です。人と接し、ソーシャルサポートを受けられる環境にあるかどうかは、コミュニケーション能力に大きく影響します。そこで本尺度では、測定項目として環境指数を設定しました。
⑵メンタルヘルス領域
コミュニケーション能力は、心理的な問題と強い相関があります。例えば、対人不安が強い状態では社交場面に対して回避的になってしまい、人間関係も希薄になってしまいます。孤独感はソーシャルスキルと負の相関関係にあります。そこで本尺度では、特に重要性が高い、対人不安、他者肯定感、孤独感の3つの測定項目を設けました。
⑶人間関係を構築する力
コミュニケーション2大目的の1つに、人間関係を構築する力が挙げられます。人間は、社会的生き物です。社会的生き物とは、コミュニケーションにより集団を形成し、助け合うことで生存できる生物です。そこで本尺度では、傾聴力、発話力、非言語力、アサーティブ力の4つの測定項目を作成しました。
⑷情報伝達力
コミュニケーション2大目的のもう1つに、情報伝達力が挙げられます。特にビジネスの分野では、人間関係を築くだけではなく、自分の考えを論理的に伝える能力が必要になります。また、現代ではITの活用も欠かすことができません。そこで当尺度では、論理性、説得力、ITの活用の3つの測定項目を作成しました。
公認心理師、臨床心理士、心理学の大学院を卒業したものが中心となり、検討を加えたうえで質問項目を精査しました。また短時間で診断が終わり、結果を把握できるようにするため、それぞれ3つの項目を採用しました。
・ 環境指数
毎日2時間以上の会話がある
新しい出会いがあるほうだ
困った時に助けてくれる人がいる
・対人不安の無さ
会話場面で緊張しないほうだ
人の顔色をそこまで気にしない
複数の人と会う場面を避けない
・他者肯定感
相手に好感を持つことが多い
嫌いな人は少ない方だ
相手の短所よりも長所を見つける
・孤独感の無さ
周囲の人たちと調子よくいっている
周囲の人たちと共通点が多い
本当に理解してくれる人がいる
・傾聴力
相手の話を言い換えて繰り返す
普段から相手の発言を肯定する
質問をたくさん思いつく
・発話力
自分から積極的に話題を提供する
活き活きとした話ができる
適度にユーモアがある
・非言語力
笑顔が多いほうだ
声に抑揚がある
身だしなみに気を遣う
・アサーション力
お互いの気持ちを大事にして話し合う
建設的に話しあうことができる
嫌なことにはNOと言える
・論理性
因果関係をわかりやすく説明できる
根拠を示しながら話ができる
要点をまとめて簡潔に説明できる
・説得力
相手の理解度に応じて説明の仕方を変える
興味を引く話し方ができる
魅力的なプレゼンができる
・ITの活用
SNSを健康的に使いこなしている
ブログや動画などで考えを発信している
ネット上で積極的に交流している
診断結果について、それぞれのタイプごとに特徴や注意点を1,000文字前後で評価しました。文章については、先行研究や作成者の臨床経験を基に作成しました。
当診断は因子構造及び信頼性・妥当性をチェックしたものではありません。あくまで専門家としての検討を加えたものです。統計的な根拠が希薄で、研究に耐えられるレベルの尺度ではないことをご了承ください。
[1]Shannon., Claude E., & Weaver, W. (1949). A mathematical model of communication. Urbana, IL. University of Illinois Press.
[2]松川禮子・大城賢(2008)『小学校外国語活動実践マニュアル』旺文社
[3]Argyle, M. (1981). Social competence and mental health.
[4]「人生100年時代の社会人基礎力」説明資料(PowerPoint形式:175KB)PowerPointファイル
https://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/kisoryoku_PR.pptx
*その他の参考文献
相川充・藤田正美(2005)「成人用ソーシャルスキル自己評定尺度の構成」『東京学芸大学紀要 第1部門』, 56, 87-93.
相川充・藤田正美・田中健吾(2007)「ソーシャルスキル不足と抑うつ・孤独感・対人不安の関連:脆弱性モデルの再検討」『社会心理学研究』, 23, 95-103.
諸井克英(1991)「改訂UCLA孤独感尺度の次元性の検討」『人文論集 静岡大学人文学部』, 42, 23-51.
諸井克英(1997)「セルフ・モニタリングと対人不安との関係に及ぼす認知欲求の効果:女子青年の場合」『人文論集 静岡大学人文学部』, 48, (1), 37-71.
2017 国立国語研究所「日常会話コーパス」プロジェクト報告書 1一日の会話行動に関する調査報告 小磯花絵・渡部涼子・土屋智行・横森大輔・相澤正夫・伝康
我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 内閣府 2013